賃金引き上げに向けた取組事例

CASE STUDY 43
賃上げ取り組み事例

株式会社千成亭風土

近江牛肉を中心とした食肉及び食肉加工品の製造・卸小売・飲食店・宅配事業

2024/3/29

従業員の生活を守ることを念頭に助成金を活用
コロナ禍を経て、3年ぶりの賃上げを実施

“滋味な滋賀を滋味で盛り上げる”をミッションに。
人材のモチベーションアップと人員確保のための賃上げで後押し。

company 企業データ
  • ●代表取締役:上田 健一郎
  • ●本社所在地:滋賀県彦根市
  • ●従業員数:240名(2023年4月1日時点)
  • ●設立:1969年
  • ●資本金:4,800万円
  • ●事業内容:近江牛肉を中心とした食肉及び食肉加工品の製造・卸小売・飲食店・宅配事業
company

給与テーブルを見直し、3年ぶりにベースアップ

コロナ禍は、人々の暮らしや産業の経済活動に大きな影響を及ぼした。特に、人との接触を避けることが難しい飲食業など、対面型のサービス業はこれまでにない打撃を受けたといっていい。滋賀県のブランド牛である近江牛を中心に、県内に本部や製造部門工場、飲食店などを置き、幅広い業態を展開する株式会社千成亭風土も、コロナ禍初年度は前年との売り上げ比10%を切る月も出るなど、著しい逆風にさらされた。
上田健一郎代表取締役社長の「従業員の解雇はしない」という強い覚悟のもと、毎年継続していたベースアップは、3年間据え置きを余儀なくされたものの、厚生労働省の雇用調整助成金制度の活用や、コロナ禍で逆に売り上げが伸長したインターネット通販、それに伴う製造部門の作業増大により、従業員の配置転換といった対策を推進。当初は、慣れない業務に戸惑う従業員もいたというが、他の業務経験を積むことで、本業にも役立つスキルの向上につながっただけでなく、2023年にはコロナ禍以前の売り上げ水準に戻すことができた。
そのような背景から、滋賀県の最低賃金改定と、近い将来さらに引き上げが発生することを見越し、同社の給与テーブルの見直しを実施。それらを基に、2023年8月に正社員の基本給を3.9%、9月にパートタイム従業員の時給を平均36円引き上げた。

業務改善助成金による機械導入で品質が安定

同社は、継続的な賃上げを見据え、顧客へのサービスレベルや製品の品質を保ちながら、利益体質を強化することを課題とし、様々な施策に取り組んでいる。
毎月行われる「環境整備活動」は、それぞれの業務を「1歩=1円」「1秒=1.6円」「1分=100円」といった時間コストに落とし込み、従業員の意識レベルから業務の効率化と働く環境を捉えた上で、業務改善アイデアを提案する活動だ。提案内容は、社内ネットワークで共有されており、厚生労働省の業務改善助成金の活用へとつながった。
上田社長は「これまで培ってきた味を変えないことが大前提」としつつ、「バックヤードにおいて、人が介在する作業を機械化すれば、単純に生産性が上がる。時間短縮により、サービスなどの業務にも注力できると考えた」と語る。
これまで業務改善助成金により、同社に導入されたのは「海苔巻きロボット」、鶏肉をカットする「マルチスライサー」、飲食店で肉寿司を提供する際の「シャリマシン」だ。特に海苔巻きロボットは、一本あたりの製造時間が22秒短縮、1日最大14分短縮されたという。機械化最大のメリットは、経験が浅い者でも操作可能で、製品の品質が安定することだ。作業時間の短縮で、販売のチャンスロスが圧倒的に減少し、収益がアップした。さらに、製品への価格転嫁にも着目。製造原価を洗い出し、メニュー内容も見直すという、顧客への付加価値をプラスした上で値上げに踏み切るなど、様々な面から賃上げ原資の確保に取り組んでいる。

より良い職場環境のため、従業員の満足度調査を実施

労働力に依存する割合の高い事業構造である同社にとって、人材は特に貴重な財産だ。顧客満足度を高めるためにも、資格取得者には一時金を支給するなど、接客や販売といった現場の最前線に立つ従業員のスキルアップとモチベーション維持は欠かせない。そのため、従業員の心身の健康については、常に心を配っていると話す。時間外労働と有給休暇の取得状況は、全社員一人ひとりをトレース。特に各店舗の繁忙期にはタスクを見直すとともに、応援体制を整えることで対応している。
また、毎年6月に正社員・パートタイム全従業員を対象に、無記名の「満足度調査」アンケートを実施している。仕事の内容や職場環境といった項目の満足・不満足度を部署別で点数化。時には会社に対して手厳しい意見が書かれていることもあるというが、より良い職場環境づくりのためと真摯に受け止め、実現できることから改善に努めている。例えば、工場部門の満足度調査では、鶏肉のカット作業を見直し、時間短縮できないかという声が上がった。同社では、長らく人の手で鶏肉を一つひとつカットしていたが、これでは時間がかかるだけでなく、従業員の技術と経験の差が鶏肉に出てしまい、ロスが発生することも多かったという。また、同社は学校給食事業にも参入しており、より早く、大量に、子ども向けの鶏肉サイズにカットする必要にも迫られていた。そこで、業務改善助成金を活用して導入されたのが前述の「マルチスライサー」だ。「マルチスライサー」の導入によって、誰でも、短時間で鶏肉のカットが可能になった。初めて稼働させた時は、従業員から感動の声が上がったという。
上田社長は「コロナ禍で会社と従業員とのコミュニケーションが制限され、両者の距離感が分断的になった」と反省しつつ、「一つひとつ階段を上るように、働く環境と条件面を整えていきたい。まだまだやれることはあると思っています」と語る。
今後は、多様化する顧客のニーズに応えられる生産ラインの構築を、目標のひとつに掲げる。継続的に収益力の向上を図り、得られた収益を従業員に還元するサイクルを作り、企業の成長につなげたい考えだ。また、近江牛のルーツである彦根牛の復活を目指し“滋味な滋賀を滋味で盛り上げる”ことをミッションに、壮大な未来図を描いている。