賃金引き上げに向けた取組事例

CASE STUDY 38
賃上げ取り組み事例

株式会社うまの
就労支援A型事業所 夢心

就労継続支援A型事業所・洋服リフォーム(リペア)・アパレル事業

2024/3/29

業務改善助成金を活用し、縫製技術を機械でカバー。
メイド・イン・ジャパンの継承へ。

障がい者と健常者の区別なく、手に職を持った人材を育成。
洋服リフォームとアパレル事業の2本立てで、幅広く賃金の原資確保を目指す。

company 企業データ
  • ●代表取締役:馬野 信吾
  • ●本社所在地:岡山県岡山市
  • ●従業員数:20名
  • ●設立:2018年
  • ●資本金:100万円
  • ●事業内容:就労継続支援A型事業所・洋服リフォーム(リペア)・アパレル事業
company

雇用確保のため、就労継続支援A型事業所を開設

全国的に、洋服リフォームなどの縫製技術を持った人材の不足が深刻化しているという。高齢化に伴う体力低下を理由とした退職者の増加、後継者が育ちにくい現状、大手メーカーによる生産拠点の海外移管、コロナ禍など理由は様々だ。代表取締役社長の馬野信吾さんは、元々洋服のリフォームをメインとした縫製会社を経営。2000年には、経営基盤の強化を目的として、デニムブランド「Denim Closet」を立ち上げた。大手メーカー製のジーンズリフォームに携わっていた縁から、世界的にも知られる岡山デニムの産地で「お直し屋さんが作ったジーンズ」を製造・販売したことが始まりだ。強みは、リフォームで培った高い技術と小ロット多品種の生産体制にある。「これからもリフォームの仕事を続け、縫製技術を継承していくためにも、収益が見込めるもうひとつの柱は不可欠だった」と語る。これを境に、洋服のリフォームとアパレルの2本立てで事業を展開している。しかし、経営基盤を整えても、縫製の担い手となる職人の減少に歯止めがかからず、人材不足の縫製の担い手が、年々減少していく厳しさを肌で感じてきたという。これまで、海外研修生や経験のあるシルバーの再雇用で対応するなどしてきたが、人材の育成が追いつかず、技術者の雇用バランスが取れないため受注量が限られ、生産性も上がらない悪循環に陥っていた。そんな慢性的な人手不足に危機感を募らせる中で、同社は障がい者雇用に打開策を見出した。

専用ミシンで技術を補い、品質と生産性が向上

当初は、障がい者雇用が人材不足解消だけでなく、生産性の向上につながるのか懐疑的だったという。しかし、技術の担い手としての障がい者雇用を実践導入していた九州地方の就労継続支援A型事業所を視察。障がい者の就労意欲、ポテンシャルの高さに衝撃を受け、2018年、A型事業所「夢心」を設立した。
就労継続支援A型は、疾病や障がいを抱え、一般企業への就労が困難な場合に、一定の支援がある事業所で就労機会を提供するもの。 現在、同社では従業員20名の内、障がい者の割合は、60%にもおよんでいる。
同社の採用では技術を学ぶ姿勢と就労意欲があり、職種とマッチするかどうかを重要な判断ポイントとしているという。そのため、そのポイントに合致するのであれば経験は問わない。一方で、「縫製は職人仕事。技術を身につけ、経験を積むにはそれなりの年数が必要」と馬野社長。そこで技術のバラつきをカバーするため、業務改善助成金を活用し専用ミシンを導入。現場の声に耳を傾けながら、その時々に必要な専用ミシンを選定する。また、さまざまな機能を駆使できる多機能なミシンは操作する人の技量に左右されがちになるが、ひとつの縫い方に特化した専用ミシンは細かなチューニングが不要になるため、むしろ効率が良く、品質も安定するという。1枚の製品を縫い上げる時間の短縮にもなった。
ミシンで技術を補うことによって、生産性が飛躍的に向上。小ロット多品種にも対応できるようになり、収益もアップした。「収益をアップさせて、従業員に賃上げとして還元する」という循環づくりが大切だと話す。

メイドインジャパン存続のために努力を惜しまない

A型事業所の本質は、障がい者の自立支援だ。「障がい者は、作業に時間がかかったり、すべての工程に携わったりするのが難しい方が多い。その代わり、ある作業においてはスペシャリストになれるポテンシャルがある。それならチームを組んで対応し、作業を補う形で専用ミシンを導入すれば、全体のクオリティも上がると考えた」と馬野社長。こうしたことから、同社は、障がい者と健常者で業務の区別はなく、いずれも、ある作業でのスペシャリストを目指してもらうこととしている。適材適所を見極め、その人が最もポテンシャルを発揮できる業務に振り分けるのだ。「障がいを持つ方には、手に職をつければ一般就労がしやすくなると説明している。特に縫製業のような人手不足の業界は、万一引っ越しなどで当社を離れても、技術さえあれば引く手あまた。また当社は、百貨店などでの販売以外にアパレルの実店舗も構えているので、喜ぶお客様の顔も見える。そういった体験が、働くことに対するモチベーションの向上になっている」と話す。
そして給与についても、障がい者と健常者は同様だ。パートの給与は、毎年岡山県の最低賃金以上の引上げを意識しているという。2022年9月は30円アップの時給894円、2023年9月には時給932円とし、さらに38円引き上げている。
一方で「最低賃金の急激な上昇分をそのまま価格転嫁することはまだ難しい」と馬野社長。商品への価格転嫁は、値上げとしてエンドユーザーの生活に直結する。値上げが続くと客が離れる可能性もある。このことを踏まえ、同社では、アパレル事業への注力と専用ミシンの導入などの設備投資により、商品に付加価値をつけることで、賃金の上昇分を含めた利益を確保してきた。「A型事業所であっても、条件が合致し、業務改善助成金を活用できたことは、当社にとって奏功だった。専用ミシンが技術を補完してくれるので、生産数のアップにもつながった」と喜ぶ。
また同社では、中小企業のチャレンジを支援するための事業再構築補助金を活用し、消滅の危機にある国産藍の栽培と藍染めにも取り組み始めた。縫製と同様「メイド・イン・ジャパンの火を絶やさないため」だ。
「縫製業は、戦後の日本経済を支えた産業。技術は一度失えば、取り戻せません」。世界に誇るものづくり大国ニッポンとして、技術の継承と職人の育成に力を注ぐ、馬野社長の奮闘は続く。